| ||||||||
| ||||||||
≪今号の記事≫
街の情報誌、復活!!大変ご無沙汰をしてしまいました。ポータルサイトの日本海ウェブサーチの「雑誌」的な 役割として、私の記事や、ほかの皆様のコラムを掲載しているわけですが、タイムリーな 情報提供がお届けできなくて、申し訳ございません。そのお詫びといっては、あまり関連 はないかもしれませんが、この「日本海ウエッブサーチ」も基盤のひとつとして、近く紙 媒体を創刊いたします。今回は、そのお話を少しばかりさせていただきます。 鳥取で情報誌は生きていけるのか? ご存知の方もおありですが、私、数年前までタウン情報誌「スペース」の編集発行を手が けておりました。現在鳥取ではタウン情報誌としては、松江に編集部をおく雑誌が2誌あ るようです。私自身が「スペース」より退いた理由はまったく個人的なもので、当時の読 者の方々には大変ご迷惑をおかけしたものとお詫びいたします。当時、何社かが「スペー ス」を引き継ごうと模索されました。しかし、ここに至っても鳥取の地に「情報誌」が生 まれておりません。やはり経済的、経営的になりたっていかないものなのでしょうか? 確 かに、紙媒体はコストがかかります。そのコストとは、印刷代ももちろんですが、「人件 費」が重要な位置をしめます。そして、人口のある程度集中した地域でなければ、「雑誌」 は売れないようです。売れなければ収入(給料)が少ないのはあたりまえですが、それで は継続的な労働力は保持できません。 そもそも鳥取の人々に「情報誌」の需要はあるのか 世はまさに「IT」「デジタル」時代です。インターネットを覗けば、好きな情報が好きな 時間に取り出すことができます。鳥取の情報にしても県庁などの公共なものから、個人、 企業(この日本海ウエッブサーチのようなポータルサイト)のホームページで、欲しい情 報を得ることができます。そして、このデジタルな時代になっても私たちが行動をおこす 最重要情報源は、「口コミ」なのです。鳥取のようなコンパクトな「まち」において、こ れは重要かつ最大のメディアです。わざわざ200円も出してその情報を買わなくても、 人々は自らが無料で優秀な情報ソースを持っているのです。そして一方では、「そんな頻 繁に新しい情報はいらないよ」と思っている人も少なくない。私自身、食べ歩きもしなく なったし、ドライブの回数も激減しました。それだからと言って、つまらない生活をして いるとは思いません。ただライフスタイルがそのように変わっただけです。 デジタルな時代にあえてアナログの雑誌を創刊する 雑誌創刊は経済的にも多大な負担を要します。この景気の状況下で新事業を起こすことは 挑戦ですが、あえてアナログの紙媒体を創刊いたします。現在、多くの需要があるわけで はありません。しかし、潜在需要は多大にあるものと考えています。今人々は、情報の洪 水の中で、おぼれる寸前だと思われます。だから、「そんなに情報はいらない」と感じて いるのです。われわれが提供する紙媒体での情報のキーワードは、「本物」「こだわり」 そして「とっとり」という土地です。今回のこのプロジェクトが成功すれば、「日本海」 の名のとおり、日本海側の他の地域に進出します。しかし、情報の発信ターゲットを広域 にするというのではありません。あくまでも、地域の情報はその地域に限定して発信しま す。つまり、その地域のバーチャルではない、日常的で直接会うことのできる「アナログ」 な「コミュニティ」の再構築を目指します。 さて、次回、もう少し、雑誌創刊に対する想いを申し述べさせていただきます。 ではでは、今回はこのへんで。次回原稿はもう少し早めのインターバルで。
オタク医師の独り言(7)春になって私は一気に鬱状態になった。 元々昔から「荷降ろし鬱」の傾向はあったのだが、これに いつの間にか「木の芽時の鬱」まで加わってしまったようである。 まず「荷降ろし鬱」というのはどんな鬱状態かというと、何か 大きな物事を成し遂げて成功した後に来る鬱状態である。例えば 待ちに待った昇進とか受験合格、責任を負わされていたイベント の成功などの後に来る鬱状態である。苦しみを耐え抜いて耐え 抜いて、そして成功に至った後にくる鬱状態である。 多くの人にとってこういうことの後は「嬉しい」らしいのだが、 「荷降ろし鬱」では「嬉しい」よりも「虚しい、悲しい」が来る。 私の場合、大学生時代の試験の後にこの鬱が顕著だった。医学部 の学生時代の試験は、記憶力の悪い私にとって相当辛いものだっ たのだが、その試験が合格した後に、一気に鬱状態に落ち込むの である。多くの人にとっては「合格した。ばんざーい!」と気持ち が弾むものらしいのだが、私の場合「虚しい、悲しい」と塞ぎこ んでしまう。 この気持ちは何だろう? と思ったら、精神科の本にきちんと 「荷降ろし鬱」のことが書いてあって、「まさにこれだぁ!」と えらく納得したことがあった。 そしてこれに近年「木の芽時の鬱」まで出てきたようだ。 もう少し文学的な表現を使えば「春愁」という言葉になるの だろうか。春の暖かさと空の青さが物悲しく虚しいのである。 新聞を読む気がしなくなり、電子メールのログの整理もできな くなる。Webページの製作作業も途中で止まってしまう。 それでも毎年なんとかやり過ごしていたようだが、昨年は 特にそれがひどかったし、今年もひどい。 昨年は元々春になって鬱状態になっていたところにきて、 5月の連休に東京で産業医の資格を1週間缶詰で取れる研修 コースに参加してしまったのだが、右も左もわからない 東京で、家族と離れてただ一人、研修会場とビジネスホテル を往復するだけの生活にすっかりまいってしまった。3日目 にはもうひどい鬱状態になって、手足の動きがおかしくなっ てきた。5日目くらいに精神衛生の講義があって、鬱病の話が 出てきたのだが、その講義に出てきた症状がすべてどんぴしゃ りと当てはまる、という状態であった。 「自分は完全な鬱病だ」 と自分で診断した後は、今まで見なかったホテルの有料 ○○ビデオを努めて見たりして解消を図ったのだが(^^;) 研修が終わってからも今度は上腹部痛が続き、父に胃内視鏡 検査をしてもらったら、しっかりと胃潰瘍ができていた(^^;) 「これはなるべくストレスをかけないようにしないといけない なぁ」とか思っていたら、その直後に、それまでまったく元気 であった父が急逝した。私は喪主として葬式を行い、その後、 突如として診療所の院長になってしまった。まあ本当にどた ばたしたと思う。そして一年たち、やっと診療所の院長として 少し慣れてきて「ほっとした」ことと、春が同時にやってきて… また私はひどい鬱状態に落ち込んでしまったのであった。 鬱状態がひどいと、肉体面の調子もおかしくなってくる。 汚い話で申し訳ないが、今年の春は便柱の細い軟便や下痢 が毎日続くようになった。こういう症状が出てくると、今度は 「自分は大腸癌ではないか」という強迫神経症に悩まされる ことになる。いわゆる「癌ノイローゼ」である。 妻に言わせると「おまえさんって、毎年春になると調子が 悪くなって、下痢が続くじゃない」ということなのだが、 どうも自分ではそういう記憶がはっきりとしない(^^;) 「自分は癌ではないか」と悩み落ち込むから、胃腸の調子が 悪くなり、軟便や下痢が続く。軟便や下痢が続くから、また 「自分は癌ではないか」と悩み落ち込む、という悪循環である。 この悪循環の理屈を頭でわかっていても、自分の感情が納得 しなくて軽快しない。そこでこの悪循環を断つために、 とうとう今年の春は、かつて同僚だった内科医の診療所に 行って、注腸造影検査までしてもらって、やっと鬱も癌ノイ ローゼも治ったのだった(^^;) 医者といえども精神状態が悪くなるし、そこから身体まで 悪くなる。医者が他の人と違うのは、そこで何が起きている のか自分で診断できるということだけなのである。 「理解」はできるのだが「納得」ができていない。 「精神」というのは、本当に面倒なものだと思う(^^;)
|
||||||||
| その他お問い合わせは・・>webmaster@nihonkai.netまで!! | ||||||||
|
当サイトはソンズ・コーポレーションが運営しています Copyright 2000 sonz.co.jp |
Yesterday 0001 Today 0004 |