トップページへ トップページへ
ウエッブジャーナル日本海 通巻11号[2001/08/29]
[バックナンバーはこちら]


≪今号の記事≫
  • オタク医師の独り言(9)「使い捨て」という鬱陶しさ 〜安陪隆明〜
  • ぶらり見てある記 岩美宿の巻 〜福田直実〜


  • オタク医師の独り言(9)「使い捨て」という鬱陶しさ

     それが良いことか悪いことかということはさておいて、開業医をしているとやたら製 薬会社さんから粗品として貰うのがボールペンである。製薬会社のMRさんが「我が社の 薬はこんなに素晴らしいので是非使ってください」と宣伝に来られるのだが、たいてい 粗品としてボールペンを置いて帰る。まあ確かにボールペンは医者にとって必需品であ る。忙しい時には2,3日のうちにボールペン1本のインクがなくなって使い捨てることも ある。それでもそれ以上に製薬会社さんが粗品として持ってくるボールペンの方が多い ので、ボールペンには困らない。インクがなくなってはそのボールペンを捨て、また次 の新しいボールペンを使い、そしてまたそのボールペンのインクがなくなっては捨て… の繰り返しである。

     しかし、もうインクがないボールペンを見るとなんとも哀れである。インクを補充し てやれば使えるのに、基本的にはもう捨てるしかない。それでも黒一色のボールペンは まだ良い方で、問題は赤色もついた2色ボールペンとか、赤色と青色のついた3色ボール ペンといった多色のものである。黒色はあっという間に使ってなくなってしまったの に、他の色はまだ十分残っている。一応、赤い文字や青い文字を書くときのために少し は残しておくようにはするのだが、カルテにそうそう赤い文字や青い文字を書くことは ほとんどない。結局大半は要らなくて処分に困るのである。  気が付けば医者になってもう10年以上たったのだが、きっと千本近いボールペンを使 い捨ててきたのだと思う。だんだんこの使い捨てのボールペンが鬱陶しくなってきた。 「エコロジーを大切にしよう」とか「資源を大切にしよう」とかいった立派な気持ちな どではない。ただ単に「使い捨て」という存在がだんだん「心に重荷」というか、鬱陶 しくなったのである。

     それで思い切って先日から筆記器具を万年筆に替えた。万年筆もカートリッジ交換は もったいないし、それにカートリッジ1個で2,3日しかもたないので、プッシュ式コン バーターでインク瓶からインクを吸って補充するようにしたのである。わかっているこ とだが、私がこんなことをしたからといって、エコロジーに対する影響などは実質ゼロ で、そういう観点からは無意味である。それでも、私は「使い捨て」の鬱陶しさから抜 け出したかったのだ。

     万年筆に替えてやっと鬱陶しさから開放された。それが自己欺瞞以外の何ものでもな いことは自分でよく承知している。それでもこの開放感が心地よい。  もっとも、もう後10年もすれば、私は電子カルテを使い、筆記器具そのものを滅多に 使わなくなっていると思う。良きにつけ悪しきにつけ、文書もデータも電子化されてい くのが時代の流れであり、自分自身それを進めていく立場にもなっている。そういう時 代の流れだからこそ、私は敢えて万年筆を使いたいと思ったのかもしれない。

       安陪隆明  
       鳥取県鳥取市
       安陪内科医院


    ぶらり見てある記 岩美宿の巻
     山陰最古と言われる岩井温泉。国道から1本温泉街へ入ると、すっとタイムスリップして しまいます。ひなびた温泉宿を醸し出す通りですが、明石家、花屋、岩井屋などの温泉旅 館は結構豪華なお宿です。ゆったりと優雅に時が流れていきます。

    2000年の歴史を刻む町並みはデジャブ−を誘う
     岩井の宿には、約1300年前に建てられたとされる「弥勒寺」跡(日本最大級の塔心礎 石が残されています)や平安初期の創建とされる「御湯神社」など2000年の時の流れ を経た建築物が残されています。また江戸時代には海岸部の浦富に居城を置いた鳥取池田 藩家老鵜殿家の奥座敷として、また後述しますが、明治期には岩美銅山の繁栄と共に華や いだ時代を迎えます。そんな様々な時代を経て来た町並みを歩くと、どこかしらなつかし いような、いつか来たようなそんな気持ちになってしまいます。

    尾崎翠を育んだ空気にふれると見えてくるものは
     尾崎翠という昭和の始めに活躍した岩井温泉出身の女性作家がいます。最近、彼女を描い た映画も作られたり、女子学生などの間でその作品がブームとなったりしています。「第 七官界彷徨」「アップルパイの午後」などの作品を書かれましたが、生家の「西法寺」や 「尾崎翠資料館」など、若い女性を中心に訪れる人が増えているそうです。また、岩美町 の文化財にも指定されている「旧岩井小学校校舎」は鳥取県で最も古い洋風建築のひとつ です。尾崎翠もここで教員をしていた時期もあったようです。

    栄枯盛衰を経た町並みは時がゆったりと流れていく
     岩井の宿は、岩美銅山が産出量最大を誇っていた明治期には鉄道も敷設されていて、大阪 など関西圏からの湯治客も多く訪れ、芸者さんもしゃなりしゃなり歩いている、華やかな 温泉郷だったそうです。現在では鉄道跡は道路となり、駅跡もよくわからなくなっていま すが、当時はひっきりなしの湯治客でにぎわっていたのだと思うと、通りの真中に立って 温泉街通りを眺めると本当にすっと異空間に入り込んで行きそうです。ゆったりと流れる 時の中をのんびりと過ごすことこそ、現代の私たちには最高の贅沢のような気がします。

    [参考ホームページアドレス]
    岩美町役場http://www.iwami.gr.jp/
    福田直実


    その他お問い合わせは・・>webmaster@nihonkai.netまで!!
      当サイトはソンズ・コーポレーションが運営しています
    Copyright 2000 sonz.co.jp
    Visiters Total 670798
    Yesterday 0001 Today 0004