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ウエッブジャーナル日本海 通巻16号[2002/01/16]
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≪今号の記事≫
  • オタク医師の独り言(12)「医者の不養生」は何故起きるか? 〜安陪隆明〜
  • ぶらり見てある記 佐治村の巻 〜福田直実〜


  • オタク医師の独り言(11)「医者の不養生」は何故起きるか?

     「医者の不養生」という言葉があるが、私は「本当にそうだろうなぁ」と思う。昨年亡くなっ た私の父などその典型だと私は感じている。父は鳥取県東部医師会長も努めるほど、仕事や仕 事に絡んだことをばりばりと精力的にこなす人間で、亡くなる寸前まで見た目はエネルギーに 満ち溢れているような人間だった。ところが県医師会の会議中に大動脈瘤乖離を起こし、その 夜に脳梗塞を併発し、それでアウトだった。私も医者だから、人間の死というのがどれほど あっけなく訪れるものかということを今までたくさん見てきたけれど、やはり自分の父がそう だとなおさら「人間の命ってあっけないものだなぁ」という感を強く覚えた。さて、そんな父 は患者さんのことは一所懸命診て評判は良かったけれど、自分の体のことは全然省みていない ような人間だったと思う。自分自身の健康チェックなど、胆石で入院したときしかしてもらっ ていないはずだ。自分自身の採血検査などをしてみようとなどもしなかったと思う。当然、胃 内視鏡検査(以下、胃カメラと略)なども受けていない。
     もっともそんな医者は珍しい存在ではないと思う。私自身は結構臆病な人間だし、実際一部 悪いところがあるので、定期的に採血検査や胃カメラを受けているし、薬も服用している。最 近はバイク型のトレーニングマシンを買って運動療法まできちんとし始めた。長生きできるか どうかは怪しいものだが、ちょっとでも寿命を延ばしたいと養生だけは心得ている。しかしそ んな医者の方が少数派だと思う。
     胃カメラがとても上手な医師に「先生は胃カメラされたことがありますか?」と聞いたら、 「受けたことがない。自分は絶対受けたくない」という返事が返ってきたことがある(^^;) 実 際自分がしている検査や治療を、自分が受ける気のある医師というのは意外と少ないのではな いか?と思うときもある(^^;)
     しかし、もっとも医学に精通しているはずの医師という職種の人間が、どうして不養生にな るのだろうか? いろいろな原因が考えられるのだが、私は「自分だけは病気にかからない」と いったような考えが無意識に生じて、それが邪魔しているのではないかと疑っている。  例えば医学の研究会や学会などに行くと、癌の所見などが次々に出てくることは少なくな い。ところが私はこれが苦手なのだ。「もし自分が同じ病気にかかったら…」と思うと、怖く なって、勉強する気持ちどころではなくなってしまう。最近でこそ自分の死生観がだいぶ固 まってきて、一頃の怖さは収まってきたから良いが、普通の人が見たらきっとびっくりする写 真の数々である。ところが大半の医師はそれらを平気な顔で見て、そして仕事ができる医師ほ ど「これは面白い症例ですね」と言ったりする。どう考えても「怖い」という感覚ではなく、 「面白い」とか「これは仕事のやりがいがある」という感覚なのである。あくまで対象を自分 自身の喜怒哀楽とは別の客観的対象と認識できなければ、そういう気持ちにはなれないと思 う。
     私が想像するに、一般の医師の頭の中には「これらの病気は自分自身の喜怒哀楽とは別の客 観的対象」というべき感覚が無意識にできあがっているのではないかと思う。そうでなければ 医師という仕事などやっていられない気がする。
     よく「患者さんの立場に立って感じ思いやる医師が必要だ」ということを言う人がいる。確 かにそれは大事なことだし、自分もなるべくそうしようと思っているが、100%は無理である。 一日に何十人も苦しんでいる患者さんを診て、その一人一人の苦しい気持ちや立ち場に完全に 感情移入してしまったら、ほとんどの医師は精神に異常を来たすのではないかと思う。結局、 感情移入をある程度しつつも、どこかでそれを自分とは違うこととして切り離す気持ちの切換 えが求められる。特にそういう状況にいつも曝されている医師の場合、無意識の中で感情移入 しすぎない、または元々感情移入しない、という心の障壁を作っているのではないかという気 がするのである。
     病気のことについては、なるべく客観的に診ようとし、そして自分自身の喜怒哀楽とは別と する心の障壁。この存在が、無意識のうちに「自分自身の医学チェックなど必要ない」という 「医者の不養生」へと結びついていくのではないか? 私はこう想像しているのだが、さてどう だろうか。

       安陪隆明  
       鳥取県鳥取市
       安陪内科医院


    ぶらり見てある記 佐治村の巻
     鳥取県の東部には2つの「村」があります。今回はそのひとつの佐治村のご紹介です。佐治村 は「五しの里(ごしのさと)」と言うキャッチフレーズで村おこしをしています。「梨(な し)」「星(ほし)」「和紙(わし)」「佐治石(さじいし)」そして滑稽な昔話の「佐治谷 ばなし」。ほんとに佐治の方々のユニークな発想には「まいった」ってかんじです。そして、 みなさんがおらが村を愛してるってことがひしひし伝わって来ます。

    かみんぐ佐治へれっつごー
     これまたユニークなネーミング。和紙だから「かみ」、そして、「comminng!!」とくれば、 「そのままやんけ!!」と、吉本つっこみを入れてしまいそう。そう興奮せんといきましょ か、なんせここは佐治谷ばなしのご当地だもの。(佐治谷ばなしを知らない読者の方は鳥取県 立図書館へGO!です)さて、このかみんぐ佐治では、手すき和紙の体験が出来ます。世界で 唯ひとつのはがきができちゃいます。

    星空に手が届くさじアストロパーク
     本格的な反射望遠鏡を備える国内でも有数の天文台です。イベントも頻繁に行われていて、県 内外から天文愛好家の方々が訪れます。2月10日には第7回さじアストロパーク雪まつりが 開催されます。雪像作りコンテスト、そりひっぱりレース、餅つき大会、おもち・お汁のサー ビスなどもりだくさん。詳しくはさじアストロパークのホームページで。また、この冬、さじ アストロパークでは、木星・土星の夜間観望会を開館日の毎晩、行っています。春には見えな くなるとのことなので、この機会にぜひ出かけてみよう!しっかり寒さ対策してくださいね。

    [参考ホームページアドレス]
    さじアストロパ−ク・佐治天文台
    ここから「かみんぐさじ」などページへも行けます。
    福田直実


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