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ウエッブジャーナル日本海 通巻28号[2003/05/01]
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≪今号の記事≫
  • 家作りの現場から〜ボクって変?〜
  • 不安定な時代に出来ること


  • 家作りの現場から〜ボクって変?〜
    棟梁の写真  うちの棟梁やベテランの大工は自分のことを言う時、「ボク」って言う。歳は60を過ぎた連中やから、 顔にはそれなりの軽んじられぬ趣も漂っていることは言うまでもない。 内部の者にとっては聞き慣れとる 「ボク」で、それぞれの面構えと「ボク」は相応しいバランスと味で成立しとる。

     ところが外部の人がこの「ボク」に初めて出会ったときは衝撃を受けるようだ。なんとも言えん気持ちに なるらしい。それは想像するに、コミック誌やヨシモトの野獣のごとき面相の悪役が「ボクチン」と発した ギャグの効果に近いものか?この落差が、真剣勝負そのものの現場の打合せの場で度々発せられるので、聞 いている方はたまらない。ギャグで言っている訳ではないのでヨシモト効果は倍増・・・。

    棟梁の写真  要するに一般常識の世界では、棟梁に「ボク」はミスマッチってことやね。それでは棟梁に相応しい一 人称は何や???「ワシ」かな?まあ「ワシ」でも「マロ」でも何でもええんやが、ともかくうちのベテラン 大工はそうは言わん。 そこでや、棟梁が自分のことを呼ぶ時、世間の常識的なイメージバランスに相応しく してもらおうとすると「ボク」から「ワシ」に変えなあかん、何時変えるかやね。

     人が一人称を意識して変えようとすると、そこには何か意味が生じる訳や。大工さんの場合は「一人前」に なった時とか「棟梁」として職人をまとめる頭になった時、周囲にそれを知ってもらう為やろか。ところが 「棟梁」として立つことになった時、誰かが「今日から、ボクは使うことあいならん、ワシと申せ」って言ってやらんと、 自発的には言い難いんやろね、謙虚さに欠けるようで。

     で、うちの棟梁は60を越えた今でも「ボク」。世間には「ボク」の印象として「まだ未熟」ってイメージも あると思うんや。そんな意味でいうと「自覚」ということでは意識して変えることも大切。しかしいつまでも自分が 「未熟者」だと思って研鑚したい人だっておるやろし・・・。

     ほんでもやっぱりちょっとおかしいかな「ボク」???うちの棟梁、今日も「ボクら〜ぁ・・・」連発しとる。
    (株)藤原工務店
    安藤瀞和

    このコラムのコンセプト
    自然体の暮らしの器として住宅を見るとき、以外と不合理なことがたくさんあ る。しかし建築という特殊なものだからと深く考えずに見過ごすことが多い。 そんなことを自然体建築道の修行者の視点で愚痴る。
    安藤瀞和(あんどうとろわ)のプロフィール
    建築素浪人。自然体建築道の奥義を極めたいと修行に励んでいる。師はいない。


    不安定な時代に出来ること
     平和な時代に生まれてきた私達世代は、これからの人生戦争なんか起こりっこない、と勝手に思い込んでいた。少なくとも私はその中の一人だ。第二次世界大戦を経験した両親の話を聞くたびに、そんな時代によく生き延びてこれたよね、などと人事のようにのんきに聞いていた私である。それが、2001年9月にニューヨークで起こった同時テロ以降、どこにいても戦争に巻き込まれる可能性がある、という風に突然認識が変わってしまったのだ。戦場にいかなくったって危険だとされる第三諸国にいなくたって、戦争やテロに直面する時代になってしまった。

     それ以来、戦争やテロ関連の話にはとても敏感になった。ニューヨークのテロの後は何度もビル爆破の脅迫電話があったからビルの外に出るように、とか、飛行機がダウンタウンのビルに向けて飛んできている、といったような情報が飛び交い、その度になんともいえない緊張感に見舞われた。実際、ロサンゼルス空港に行き来する飛行機はダウンタウンの上空近くを飛行するから、地上からビルを見上げるとお天気によってとてもまじかに見えることもある。その度に私の心臓はバクバク音をたてるのだ。

     今回も戦争を仕掛けた当国のアメリカにいるわけだから当然といえば当然だけど、遠くのイラクだけではなく、アメリカ本土でだって何が起こるかわからない、という不安感が強い。戦争に関わってしまっているという意識も強く、それは身近な友人が戦場へ行く可能性があったりとか戦争サポート、反対のデモが自分の住む街で起こったりとか、みんなが早く無事に帰ってくるように街ぐるみでサポートすることを示す黄色いリボンが街の並木や電線に結ばれていたりといった身近なところから感じるものだ。仕事仲間のアーケイディは戦争前に8週間のトレーニングを受けてきた。その後、戦争が勃発し、現在待機中。彼はとてもやさしいロシア系アメリカ人で、まだ20歳そこそこのお兄ちゃんだ。そんな彼が戦場に行くかもしれない、と考えるだけでも心が痛むのである。連邦政府関連機関の入るビルの前ですごいデモが起こっている!デモ隊とポリスや機動隊がぶつかってるよ、今日家に帰れないかも、と緊急Eメールを書いてきたのはその隣のビルで働いているりかちゃんだった。彼女はその後何度か同じようなデモを目撃している。

     戦争当国アメリカに住んでいても、感じ方は人それぞれだ。イスラエル人の友人は平然な顔をして「サダムフセインのような悪は戦争でもしないと排除できなんだ。」という。彼は同世代だけれど実際に軍隊に所属していたことがあり混沌としたイスラエル、パレスチナ地区で戦ってきた人だからか、とても冷静だ。自分に危害がなければ人ごと、とする人も多い。それでも、ほとんどの人は早く戦争が終わって平和に過ごせることを願っているのである。

     国が戦争を始めたからといっても、私達の毎日の生活はなんら変るわけでもなく、多くの人は何もなかったかのように毎日を過ごしている。レストランだって人が入っているし、この間はオペラにいったけれど、火曜日だというのに会場は着飾った人達で一杯だった。でも、これが東海岸あたりになると事情が違うらしい。東海岸から帰ってきたパートナーはいった。「ニューヨークやワシントンDCはナショナルガード(国家警備隊)とか出てて、銃を持って歩いてるんだ。ヘリコプターなんかも巡回してるしね。トンネルを車で走ってたときに今サリンでもまかれたらイチコロだ、と思うと生きた心地がしなかったよ。それに比べロサンゼルスはなんと気楽なんだ。」確かにロサンゼルスではデモが起こった所以外はほとんどそんな人達は見掛けていない。

     戦争が起こっているというのに、毎日楽しく過ごす、というのはちょっと気が引けるところだけど、一方ではそういう今だからこそ、毎日を充実させたほうが人生のためではないか、とも思ったりもするのである。私もいまダウンタウンの高層階で仕事をしているから、ワールドトレードセンターのようなことがあったら一瞬にして死んでしまうと思うと、今日やりたいことは今日やる、今できることを精一杯やらなくっちゃ、っと強く思うのだった。

    シャンディ
    シャンディのプロフィール
    兵庫県姫路市生まれ。卒業と同時に子供の頃からの夢であった海外生活をスタート。
    オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、フィジー生活を経て、現在アメリ カ、ロサンゼルスで暮らす。
    外国生活の中で日常の出来事を中心にエッセイを筆記。



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