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≪今号の記事≫
「鳥取砂丘イリュージョン」開催のお知らせ
鳥取県東部にある鳥取砂丘で、2003年12月21日から年内いっぱいの予定で「鳥取砂丘イリュージョン」というイベントが開催される。
これは、夜の砂丘を10万個のイルミネーションで飾り、冬の夜の砂丘を楽しんでいただこうという物。
広大な砂丘の夜を彩る光のページェントへ是非おいでください。
オープニングイベント
12月21日午後5:30より ・点灯式 ・クリスマスソング ・ナイトウォークなど
開催情報
入場無料 【期間】2003年12月21日(日)〜31日(水) 【場所】国立公園鳥取砂丘東側(県営駐車場周辺) 【時間】毎日午後5:30〜午後10:00 ※荒天、混雑状況により、点灯時間を変更する場合があります。 ■問い合わせ先 鳥取砂丘と東部広域観光を考える100人会(0857-39-7499:米澤) 家作りの現場から〜ある街の再生計画〜山陰にはたくさんの温泉がある。一昔前はバスを連ねた団体客でそれぞれに賑わって いたんやが、最近はここにも格安の海外旅行や不景気が影を落として客足が伸びないら しい。昔の賑わいよもう一度、とそれぞれの街で試行錯誤の苦闘が続けられている。 そんな温泉街の一つで街の将来計画をつくるワークショップと、その成果の発表会が あったので行ってきたんやが、少し辛かった。発表された日本のY大生と、アメリカの M工大生の案は、個々には一生懸命作られたものであったろうし、これに参加した地元 の人達にとってもそれなりに得るものがあったのかもしれん。もっと割り切って、ワー クショップ自体が地元振興策の一つで、その目的を住民意識の啓発イベントとして企画 したのならば成功なのかも知れん。にも関わらず辛かったのは、ここ十数年、何度も繰 り返され目にしてきた街の将来づくり、骨格づくりへの地元の役割を今回もまた放棄し て、この大切な部分まで他人に頼る危うさを感じたからやった。 大学生達の発表で特に気になったのが、美しい山、美しい河、自然・・・云々、これ らを大切に・・・云々。そんなもん東京に無いだけで、山陰の町ならぜ〜んぶあてはま るわい!いやいや、大学生の発表に異論がある訳やない。正しい、むしろ御苦労さんや ったと言ってあげたい。言いたいのは地元意識のことなんや。 バブル期、日本の地方では「ふるさと創生」の掛け声とともにいたる所で町の将来ビ ジョンづくりが行なわれ、実行されていった。地元とおよそ脈絡もないテーマパークや 屁理屈にもならない思いつきのような計画が国中に氾濫していったんや。そしてそれら の計画は地元参加という形は建前だけで、実際はその地方に全くエンもユカリもない専 門家と呼ばれるコンサルやアドバイザー達によって作り上げられていった。当然、その 地方にふさわしい骨太な、地に足のついたような計画は少なかった。 この反省から得た結論は、計画には地元住民の地域の将来に対する理念や意欲が欠如 しており、地元への誇り、意識が脆弱やということやった。それから十数年経った今日 も、目前に展開されていることは、こんな町作りの手法が何の進化も遂げていないよう で辛かったんや。他所から来た者には、今目に見えるものしか見えんし、人から聞いた ことしか分からん。自分らの町の「将来の骨格」は苦しくても自分らで作るもんや。未 来はそこで暮らし続ける覚悟を持つ者で無理にでも夢想せなあかん。この部分は決して 他所の人に頼ったらあかんとこなんや! 温泉街Kは江戸時代は東西の温泉番付で西の横綱と言われた。昔、震災を受けた後の 都市計画の巧妙さが年月を重ねるにつれて独特の温泉街の風情を磨き、地理的条件や食 べ物にも恵まれ、団体旅行の全盛期には隆盛を極めていた。それは近代日本が歩んでき た道が、K街の都市計画時に描いた将来像とある意味うまく重なっていたんやろう。観 光なのか、娯楽か、癒しか、よう分らんけどもK街の価値は時代の要求と背景に合って いた。高度成長期の日本の庶民の嗜好とピッタシやったんや。 現在お客さんは観光や癒しを求めアジアに足を延ばすし、娯楽は昔と比べものになら んほど施設が充実している中から選べる。やれディズニーや、やれUSJやと、少々の 投資では追いつかん超豪華施設の前には、3セクのテーマパークなんぞ吹っ飛んでしま って、今や国内はテーマパークの屍累々や。 そんな時代に今後、国の内外を問わず、どこと、どんな方法で戦うのか。範囲もチョ イスも広くなった。そんな戦いに5年後10年後も生き残る街の骨格作りには理念がいる。 他人には任されん、七転八倒しながらも自分達で造るのが前提や。そんな大切なことや からこそ地元で生きていく覚悟を持つ者達で造り出す以外にないんと違うか?その上で の話や、他所の人のアドバイスにを受けるということなんかは、そうやないと相手もお 困りやろ。 発表の中で学生が言った「K街は温泉にこだわりすぎ!」。観衆から笑いが起こった。 発表した学生の本意も分らないし、住民から起こった「笑い」の真意も分らない。しか し、世界的な規模で金太郎飴のごとき開発や、ディズニーやUSJ等の巨額資本が投下 される施設が造られていく中で、これらに戦いを挑まざるを得ない国内各地の観光地や 保養地に残される数少ない武器の一つが「こだわり」ではないやろうか。K街から温泉 のこだわりを除くと何が残るのか?観光地でない町ならば「住民が住み良い」ことを中 心に置いて町づくりは大いに賛成や。けど、K街の将来はそれでええんか?それを望む のか? 「こだわり」を通して地元を検証する中で、初めてその向こうに街の過去や風土が透 けて見え始め、昔と変わった現代を見、アジアを、世界を見る中でやがて未来が描ける ようになるとは思わんかの。楽やない、苦闘や。しかし自分達でその苦闘を覚悟するこ とができる人々の頭上にこそ、やがて女神か男神か知らんが微笑むのと違うやろか。
このコラムのコンセプト 自然体の暮らしの器として住宅を見るとき、意外と不合理なことがたくさんある。 しかし建築という特殊なものだからと深く考えずに見過ごすことが多い。 そんなことを自然体建築道の修行者の視点で愚痴る。
安藤瀞和(あんどうとろわ)のプロフィール
建築素浪人。自然体建築道の奥義を極めたいと修行に励んでいる。師はいない。 |
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