トップページへ トップページへ
ウエッブジャーナル日本海 通巻44号[2004/01/20]
[バックナンバーはこちら]


≪今号の記事≫
  • 家作りの現場から〜写しが良いわけないだろ〜
  • ザ・トリビア: クラニウム


  • 家作りの現場から〜写しが良いわけないだろ〜

     お茶室で「写し」というのがある。簡単に説明すると、既にある有名な茶室をそっくり そのまま真似て作った茶室のことをいい、「写し」に対して元の茶室を「本歌(ほんか)」 という。茶室という建物が「数奇屋建築」の一翼であること、そして数奇屋建築は「数奇」 から「好き」に通じ、それが「自由に」と広がり、「自由に作る」「革新を旨とす」と創 意工夫こそを大切にするものと聞き及ぶ輩には、この「写し」が評価される背景がどうも 気に入らん。

     「写し」の評価とは次のようなことらしい。いくら創意工夫された新しい茶室でも、有名 な茶室が何度もやり直しを繰返しつつその究極まで完成度を高めていった空間のバランス の良さにはとてもかなわない。ならば下手にいろいろ考えるより有名茶室をそっくり写す ほうが良いに決まっとる、とまぁこうや。確かに、説得力のある理屈に聞こえる。しかし、 どこからか、違う、違うんじゃと言う声が輩の耳に届く。大自然の、宇宙の真理の淵から の風のようにの。

     ある有名茶室がその完成度を最高に極めた瞬間があったとする。仮に1919年1月9日19時 19分19秒であったとしよう。その時、茶人某は、露地行灯の明かりに映し出された茶庭の 木々のシルエットの美しさに不意に神の啓示を感じつつ、やがてにじり口に歩み寄ろうと していた。引戸から中に体をするりと運んだ瞬間、その感覚は最高潮に達した。下地窓か らは月あかり。軒先の気配、風の音、闇と光がまどろむ室内。湯気がたちのぼり意識が一 瞬宇宙に放り出され時が開放された・・・とまぁそれ程の満たされた一瞬が19分19秒に訪 れたわけや。

     しかしこれはこの瞬間のもの。季節、木々の大きさや若さ・枝振り、月の大きさ・位置 ・色・明るさ、外気の温度・透明度、茶室の経年変化の度合い、亭主の風貌・年齢。そん なもの全てが関係した中で最高の一瞬や。この茶室をそっくり真似してどこかへ持ってい っても、経度、緯度も違えば方位も違う。当然、庭の雰囲気も年代も違う。そこへ至る道 端の雰囲気も違うし、借景も違う。違うもんだらけじゃ。そこまで違って何が高い完成度 じゃ、このエセ文化人め!チャンチャラおかしいわい。

     環境は刻々と変化し、変貌していく。完成時の環境はその瞬間から損なわれていくこと が真理じゃ。だからこそいつも、その時々の美しいバランスを追求する意味があり、可能 性が残されているんじゃよ。革新を旨とす、これも真理じゃ。

    (株)藤原工務店
    安藤瀞和

    このコラムのコンセプト
    自然体の暮らしの器として住宅を見るとき、意外と不合理なことがたくさんある。 しかし建築という特殊なものだからと深く考えずに見過ごすことが多い。 そんなことを自然体建築道の修行者の視点で愚痴る。
    安藤瀞和(あんどうとろわ)のプロフィール
    建築素浪人。自然体建築道の奥義を極めたいと修行に励んでいる。師はいない。


    ザ・トリビア: クラニウム
     何度もアメリカのホリディシーズンを経験しているけれど、日本でのこの時期とは全 く違うように思う。もう随分日本のお正月を迎えていないけれど、日本の年末はタダ 忙しいばかり。クリスマスにちょっとした華やかさはあるものの、おめでたいムード は元旦にならないとやってこなかったような気がする。その点、アメリカでは元旦を 迎えるカウントダウンまでが華やかで、ニューイヤーのカウントダウンが終わると途 端に通常の生活に戻るといった感じだ。

     11月終わりにあるサンクスギビング辺りからクリスマスにかけてはあちこちでパー ティが行われ、毎週末のように人々はパーティ族と化す。このシーズン、私とまるは 仕事関係や友人達の開くパーティにいくつか参加したけれど、クリスマスイブに家で も友人達を集めて小さなディナーパーティをひらいた。今回もまるが得意なチーズ フォンデュ。冬に鍋料理が恋しくなるように親しい友人の間ではこの時期フォンデュ が恋しくなるので、冬になると必ず人を呼んで何度かフォンデュパーティを行う。今 回は7人が集まった。シャンパンで乾杯をした後、チーズフォンデュでは欠かせない 白ワイン、サクランボのお酒、キルシュ酒とどんどんお酒が入ってきて、みんな陽気 になってきた。

     みんながリラックスして食事が一段落してきた頃、友人の一人がとても粋なクリスマ スプレゼントをくれた。すぐその場で開けてみて、というので、日本人風に包装紙を 綺麗に取ると、それは「クラニウム」というゲームだった。モノポリー以来、久々の ボードゲームだ。でも、みんなお酒が入ってきているからわざわざ説明書を読んでま でゲームを始めようとは思わない。そこで、友人が説明してくれた。「これはね、簡 単に説明するとカードに書いてある答えを当てなくちゃいけないんだけど、それをど うやって当てさせるかっていうところにひねりがあるんだ。言葉を反対から読んだ り、メロディやジェスチャーで曲や言葉を当てさせたり、粘土を使って答えを立体的 に作り出したりするんだよ。」後で説明書を読んでわかったことだが、なんと人が持 つ14もの才能を駆使し答えを当てるということらしい。友人の言葉を聞いたまるはす ぐにカードを手にとってジェスチャーをはじめた。最初はなんだかわけがわからずに やっていたが、そのうち順番が回ってきてみんながジェスチャーをしたり、粘土でも のを作って当てさせたりしなくてはいけなくなった。私は観察力がないせいか、人の 物まねをしたり物を作ったりということが超へたくそだからうまくジェスチャーも出 来ない。小学校のころから図画工作も大の苦手だったから、粘土でピノキオを作るの にもひと苦労だ。だから答えるほうで奮闘するしかなかった。私自身は不器用でも、 こういう時は普段の会話で見えない友人たちの様々な才能を垣間見ることが出来るか ら面白い。島根県から遊びに来ていた友人はアート系らしく、粘土でさっさと誰がみ てもすぐに答えられるくらいに完璧な恐竜を作ってみせた。そうかと思うと、メロ ディを口ずさんでもあまりにも音痴で、最後に答えを聞いても詐欺だ!と言いたくな るようなパフォーマンスもあった。その他にもDNAの正しい名称は、とか世界大恐慌 はいつ?などちょっと知的な問題もあり、誰が何を得意とするかなどが一目でわか る。結局私たちは通常のルールとは全く違ったやりかたでゲームを展開させてしまっ たがこれだけでも3時間くらい十分に盛り上がってしまった。

     その後、このホリディ中他にすることがないとまると二人でカードを取り合っては質 問に答えあっていた。このゲームもモノポリー同様かなり現地に密着している内容 だ。私がもらったのはアメリカ版だったから、ハリウッド映画のこととか、アメリカ 大統領の名前とかアメリカ人なら知ってそうな質問が多く、アメリカ人に比べて英語 だけではなく知識にも少しハンディがあったように思う。

     こんなに盛り上がったゲームは久しぶりだったので、日本版があったら誰かにプレゼ ントしてあげようと思い調べてみたけれど、なんとまだ日本語版はないようなのであ る。アメリカ版以外にはイギリス版やオーストラリア版、スイス版などもあるけれど すべて西洋系ばかりだ。日本でもトリビアの泉など大人気を博しているから、日本語 版が出たら流行ること間違いなしのはずだ。それこそ、友人と集まるパーティーなら どこでも出来るし、大人数でチームを作って対抗するのも面白い。いつか日本で販売 されたら友人のパーティに持っていこうと思う。それともアメリカ版をプレゼントし たほうが喜ばれるかな?
    シャンディ
    シャンディのプロフィール
    兵庫県姫路市生まれ。卒業と同時に子供の頃からの夢であった海外生活をスタート。
    オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、フィジー生活を経て、現在アメリ カ、ロサンゼルスで暮らす。
    外国生活の中で日常の出来事を中心にエッセイを筆記。



    その他お問い合わせは・・>webmaster@nihonkai.netまで!!
      当サイトはソンズ・コーポレーションが運営しています
    Copyright 2000 sonz.co.jp
    Visiters Total 670798
    Yesterday 0001 Today 0004