トップページへ トップページへ
ウエッブジャーナル日本海 通巻46号[2004/02/20]
[バックナンバーはこちら]


≪今号の記事≫
  • 家作りの現場から〜現代の力〜
  • 危険なロサンゼルス?


  • 家作りの現場から〜現代の力〜

     古い民家の改修をさせてもらうことになった。最近話題の「民家の再生」って仕事や。すすけた柱や梁が魅力的な古い空間にはあまり手を加えずゲストハウスのように利用してもらい、日常の生活は現代住宅としての機能を充実させた大改修で対応しようという計画や。
     その中で、御夫婦の希望で寝室にトイレを置くことになった。ところが、便器を本当にキョロンと丸出しで部屋の中に置いてくれ、仕切はいらないと聞かされた時は、普段から空間の新しい使い方の探求に勤しむ身でありながらも少々驚かされたもんや。
     仕事の対象となる家は築後100年を超そうというものや。現代ではトイレという横文字にすっかり馴染んでしまっておるが、昔の厠(かわや)という呼び方がふさわしかったその部分も、年月の変遷を確実に重ねてきてはおったが・・・。

     かつて田舎の農家では人間の排出物は作物を育てる大切な天然(ある意味では人造)肥料やった。これは人間の日々の生活の中から生み落とされる(?)ものなので、利便性からも必然的に住居の近くにあることが求められた。そうでなくても夜中にここへ頻繁に足を運んだり、体調を崩したりした経験のある人はおわかりだろう。できるだけ近くにあってほしいものである。しかし、生のそれは御承知のように何とも臭い。発酵すればまた臭い。そんなわけでトイレの位置は歴史的に、人の利便性と匂いに対するの許容の境界線上に位置してきたといえるわけや。
     昔は母屋(おもや)から少し離れた所に独立して建っていたのが、やがて母屋の一部に取り込まれるようになり、更に改良便槽の出現で、匂いが臭突(しゅうとつ)と呼ばれる煙突のようなもので直接家の外に放出されるようになると、風呂・洗面・トイレといったサニタリー部分がセットで家の中に鎮座するようになってきた。最近は田舎でも下水道が整備され、水洗便所の家庭が多くなってきたが、基本的にはこのサニタリーセットのタイプは多い。それが今回は突然、寝室に剥き出しの便器や。そんなものは映画の監獄のシーンしか見たことがないわい。しかし、ここで気づかされたんや。これこそが現代になって初めて可能となったことやないか、現代文明の力やないかと。

     以前から「日本の住宅は寒い」「夜、年寄りが寝室から寒いトイレに行って脳卒中になることが多い」とか、「それを防ぐ為には部屋の室温の差をなくすセントラルヒーティングがいい」とか聞かされたもんや。けど、寝室が暖かくてトイレもそこにあればそんな心配も無用。もし何か異常があってもお互い気づきやすいし、家中の暖房なんぞ無駄なことせんでええからまさに省エネ。暖房費も安上がりってなもんや。
    寝室隅にむきだしで置かれたトイレ  一見、たいした変化ではないように見えるこのことは下水道の整備というハード部分の拡充にも増して、ウォシュレットはじめ清潔さを保つ各種の抗菌や匂いに対する小物類の充実があり、トイレに対する人の衛生意識が大きく変わって可能となったことやと思う。
     現代という「時代の持つ力」はこんなことなんやと感じるんや。人に便利にかつ優しいってね。ま、ウォシュレットの操作を間違えて、顔に水がかかって・・・なぞ難しいことも増えたかもしれんがの。

    (株)藤原工務店
    安藤瀞和

    このコラムのコンセプト
    自然体の暮らしの器として住宅を見るとき、意外と不合理なことがたくさんある。 しかし建築という特殊なものだからと深く考えずに見過ごすことが多い。 そんなことを自然体建築道の修行者の視点で愚痴る。
    安藤瀞和(あんどうとろわ)のプロフィール
    建築素浪人。自然体建築道の奥義を極めたいと修行に励んでいる。師はいない。


    危険なロサンゼルス?
     ロサンゼルスは危ない街というイメージがある。確かに80年代は世界中でも最も銀行強盗が多い都市として有名だったし、90年代に入ってからもロサンゼルス暴動があったり、たまには日本人だって巻き添えを食らって死亡したりしているのも事実だ。ロサンゼルスに移り住んだ時、最初はその辺を歩いている人はみんなピストルを隠し持っていると思っていて、絶対夜は出歩かなかったが、半年ほど経ってやっと夜でも出かけられるようになった。

     それでも、どこで何が起こるかわからない、という緊張感はいつももっているような気がする。
     実際テレビでは毎日のように殺人などのニュースが流れる街に住んでいるわけだが、その割にはラッキーにも私は危ない目にあったことが一度もなかった。

     それが、去年、これぞロサンゼルス!というような事件に遭遇した。

     その日は仕事の帰り、時々行く韓国系のスーパーマーケットに寄って買い物をしていた。いろいろとアジア系の野菜をいっぱい買って、抱えきれないほどのビニール袋を抱えてスーパーを出てきたその時だ。周囲がやけに騒がしい。空を見上げるとヘリコプターが飛んでいる。それでも、きっとどこかでこそ泥でもいて探しているのかな、というくらいにしか思っていなかった。というのも、家の近くのハリウッドあたりでは毎日のようにサーチライトを照らしたヘリコプターが飛んでいて、逃げ出した犯人やら法を犯した人達を探しているからだ。でも、あっという間にヘリコプターの数が増えて、こっちに近づいてくる。そうするうちに今度はテレビ局のバンがその辺をうろうろし始めて、バンから大きな撮影用のカメラを肩にかけた人が出てきて走り始めた!パトカーもウーウー鳴らしてこっちに向かって走ってくる!え、ちょっと待って!何が起こっているの?と周りの人に聞いても韓国系の人が多いから英語が通じない。そうするうちに、一台の車がパーキングに入ってきた。その後ろからも違う入り口からもぞろぞろパトカーが入ってきてその車を囲み始めた。狭いパーキングだったので、その車の運転手はすぐにニッチもサッチもいかなくなって、車を止めた。それは私の車から斜め向かい3台目くらいの距離しかなかった。車が止まった途端、あふれんばかりの警官達が車の運転手に向かって銃をむけて、いつ発砲してもおかしくない緊張した状態になった。その後ろには報道カメラが回っている!やぱい、これで撃ち合いになったりでもしたら、私は完全に巻き添えだ。こんなところで死にたくないよ!と車の中にすぐさま飛びこみマルに電話をした。「いま、コリアタウンで車の追っかけやってて、すごいことになっているんだよ。ヘリコプターが何台も飛んでて、テレビ局もきててね。何かテレビでやってる?」と聞いた。でも何もやっていないという。うーん、こんなことはロサンゼルスではよくあることだからか、たいしたことじゃないのかな?運転手が取り押さえられるまでの間は緊張感でまわりは緊迫した空気が流れた。その後無事逮捕されると、辺りはすぐに取り調べ地域となり、立ち入り禁止の黄色いテープが張られ出した。私の車は立ち入り禁止のエリア内に駐車されていたので、警察の誘導にそって外に出た。

     アメリカに来て1年で車を盗まれたし、両手を挙げて後ろ向きになって手錠をかけられている人を何度もみたりしたことがあるけれど、やっぱりこのような車の追っかけ を目の前でみるなんて、なんてロサンゼルス的な体験なんだろうと思った。結局何もなく無事に家にたどり着くと、そのニュースがテレビで放映されていた。テレビで見 るだけだと、いつものロサンゼルスのニュースでしかないのに、やっぱり体験するのとは大違いだ。でも、ロサンゼルスではこういうことは日常的な事なのだ。今では夜 でもサンセットの大通りまで歩いてレストランにいったりするけれども、いつどこで何か起こるかわからない、という危機感はいつも持ちあるいているのである。だか ら、私は時々ペッパースプレーを持ち歩いている。一度も使ったことはないけれど、こういうものは使うことがないことを祈るのである。

    シャンディ
    シャンディのプロフィール
    兵庫県姫路市生まれ。卒業と同時に子供の頃からの夢であった海外生活をスタート。
    オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、フィジー生活を経て、現在アメリ カ、ロサンゼルスで暮らす。
    外国生活の中で日常の出来事を中心にエッセイを筆記。



    その他お問い合わせは・・>webmaster@nihonkai.netまで!!
      当サイトはソンズ・コーポレーションが運営しています
    Copyright 2000 sonz.co.jp
    Visiters Total 670798
    Yesterday 0001 Today 0004