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ウエッブジャーナル日本海 通巻49号[2004/4/10]
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≪今号の記事≫
  • スポーツコラム「Join,S」
    〜『優しく、厳しく、そして末永く〜 地域密着クラブを支えるために』(前編)〜
  • 家作りの現場から〜職人とマニュアル〜


  • スポーツコラム「Join,S」
    〜『優しく、厳しく、そして末永く〜 地域密着クラブを支えるために』(前編)〜


     「鳥取」の名をチーム名として背負い、「地域密着」の運営を標榜して、山陰から全国のレベルの高い舞台に挑戦しているサッカークラブ、それが「SC鳥取」です。 詳しくは知らなくとも、山陰にお住まいならば、新聞やテレビなどで目にしたり耳にして、その名前や存在自体はご存知の方が多いかと思います。 そのSC鳥取、先月末に開幕したアマチュア最高峰のリーグ・JFL(位置的にJリーグの一つ下になるリーグ)に所属しての四回目のシーズンを迎えています。 かつては鳥取県リーグや中国リーグというローカルな世界で長く戦っていた、いわば「普通の社会人チーム」が、 アマチュアの最高峰のリーグで週末には千人ほどの観客にも見守られ応援されながら、伝統ある強豪チームと戦い、 将来のJリーグ参加候補のクラブとしても、国内サッカー界では一目置かれるような存在にまでなっていることは、半ば奇跡とも言える飛躍です。

     しかし、やはり山陰という人口が少なくサッカーにおいても後進と言える環境しか持たない地域から全国リーグに参加することは苦難の連続で、 チーム成績、運営ともに苦戦を強いられてきました。細い細い綱の上を、よろめき落ちる寸前になりながらもかろうじて渡ってきたのが、SC鳥取というクラブチームです。

     さて、このクラブが盛んにとなえる「地域密着」とは、そもそも何なのでしょうか。近年よく色々な機会で耳にするようになりましたが、どうも言葉そのものが先行し、中身が忘れられがちになる謡い文句のようです。

     「地域密着」と簡単に言いますが、では地域密着とは具体的にはどんな状態を指すのか、その密着度は一体何をもって測るのか… これらは出口の見つかりにくい議論になるところです。SC鳥取も、チーム内で県外出身の選手の割合が年々増えていることに対して、これでは地域に密着していると言えないのではないか、との声が上がることがあります。 リーグ全体の理念として「地域密着」のクラブ組織構築を標榜しているJリーグは、その地域密着について、ある程度のノウハウとビジョンを持っていますが、 それが深く浸透し、社会的に合意されているというわけでもありません。曖昧にされたままの部分も多く、結局のところ、「地域密着」の概念に完全な正解は存在していないと考えられます。

     しかし、少なくとも、ある地域に根を張って活動していくためには、その地域の人々に愛され、「あって欲しいもの」として支援されなければ、元も子もないのは確かです。

     「地域密着」と考えられる状態に欠かせない要素と言えるでしょう。 そこで、「地方の時代」と言われる時代の流れや、不況による企業スポーツの衰退にともなって、 今後、サッカー以外のスポーツにおいても各地で増えていくと考えられる、いわゆる「地域密着型」のクラブを支えるためには、 地域社会で暮らしながらスポーツを愛し支える(多くの方に支えて欲しいですが)私たち地域の住民に、どのような心構え・姿勢が求められるのか、どのように支えていくべきなのか、 SC鳥取と地域の人々との関わりを具体的な例としながら、私論を述べてみたいと思います。

     SC鳥取は中国リーグからJFLに昇格して以来四年、多くの地域の方々に支援されて活動してきました。 根本的には、人々の「優しさ」に支えられて、この山陰、鳥取県という地域で存在し続けてきました。 特に、全国リーグのレベルに戸惑い、成績が奮わなかった初めの頃、 負けても負けても優しい言葉をかけられ、「頑張れ!」「応援しちょーでぇ」というような声援を受け、それが全国レベルへの挑戦を支える推進力になりました。 支える地域の人々の優しさ、その優しさから生まれる支援によって持ちこたえてきた部分はとても大きなものがあります。 しかし、支える人々の「優しさ」ばかりではクラブは支えられるものでもなく、考えられる「地域密着」を前進させることは出来ません。 「優しさ」と両立するものとしての「厳しさ」も強く持っていかなければ、クラブは育っていかないのです。 この「厳しさ」を上手に持ちそれを活かしていくことが、とても難しいことなのですが…。

    (後編に続く)
    八幡圭司
    八幡圭司のプロフィール
    1981年島根県斐川町生まれ。
    生来の北海道好きから、コンサドーレ札幌のそして、地元であるSC鳥取のサポーターとして、サポサイト「コンサイズム」等でコラムを執筆してきた。 休日は社会教育・自由教育活動のスタッフとして子どもたちと過し、「さっぽろ」の愛称で親しまれている。 読者からは「文章が辛くて厳しいから、どんな怖い大学生かと思ったら、気のいいお兄ちゃんだった」とも・・・


    家作りの現場から〜職人とマニュアル〜

     ディズニーランドやファーストフード店のサービスなんかがマニュアルできっちり管理されとることは良く知られとる。マニュアルってのはそもそも手引きとか入門書やから、プロとか熟練者になるとあまり必要でないと思うんやけど、今の世の中、厚かましくもプロにもマニュアル通りを要求することが結構ある。これがまた具合の悪いこともあるんやね・・・。

     現代は毎日のように新製品や新工法が生まれてきて、それらには当然マニュアルが付いとる。誰しも初めて扱うもんやからこれに従って仕事せなあかん。初心者はもちろん、熟練さんといえども同じや、マニュアルと違うことしよったらメーカーが保証してくれん。んなわけで、新製品にばっかり対応するような仕事しとったらプロがいらんし育たんことになってしまう。悲しいことや。「新製品、新工法といっても仕事には共通性があるし、工具や段取りの習熟度の差が出てくるから新種のプロは育つんとちゃう?」ってか?そらその通りや。ほんならこの際プロを職人って言い換えて、「職人が育たん」ちゅう話や。

    地元の素材の力を引出す
     世の中にはたくさんの職種と、それぞれに「職人」が居るわね。昔からこの「職人」に共通する能力に「素材を見抜く」というのがあるんや。板前さんにしても大工さんにしても自分が使う素材が、どこでいつ採れたか、どんな癖を持っていて、どうそれを処理するか、といったようなことを見極める「目」と「知識」を持って初めて一人前の「職人さん」やった。「地域で採れた素材を、地域の中で身に付けた知識と知恵で生かす」ことが日本の各地で働く職人さんの大きな職能やったんやね。料理なんかもそうやと思うけどレシピに頼って作るのはまだ素人で、立派な職人は産地、旬、更に水や温度といった気候風土による素材の違いを知り、場合によっては料理を出す相手によってその組合わせを変えるとも言うやないか。

     ところが工場のようなところで作られる製品や新工法は「なるべく多くの地方や、多勢の人に」という目的の下に生み出されるものが多いから、こんな芸当はしにくいし、できんようになっとる。マニュアルさえあれば一丁あがりって、怖いもん無しや。今や素材っていうても世界中から入ってくるし、何やようワケのわからんことも多い。だからこそ、少なくとも地域や風土を知り抜いた「目の効く職人さん」が必要なんや。  マニュアル。ほんまに重宝なもんや。けど、流通の発達で地方の素材が明確で無くなるような風潮の中、地方の優秀な職人さんが育てられんようなことになったら、何が「地方の時代」、何が「地方の文化」や、それって誰が担うんやって思うんやけど・・・違う?

    (株)藤原工務店
    安藤瀞和

    このコラムのコンセプト
    自然体の暮らしの器として住宅を見るとき、意外と不合理なことがたくさんある。 しかし建築という特殊なものだからと深く考えずに見過ごすことが多い。 そんなことを自然体建築道の修行者の視点で愚痴る。
    安藤瀞和(あんどうとろわ)のプロフィール
    建築素浪人。自然体建築道の奥義を極めたいと修行に励んでいる。師はいない。


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