ディズニーランドやファーストフード店のサービスなんかがマニュアルできっちり管理されとることは良く知られとる。マニュアルってのはそもそも手引きとか入門書やから、プロとか熟練者になるとあまり必要でないと思うんやけど、今の世の中、厚かましくもプロにもマニュアル通りを要求することが結構ある。これがまた具合の悪いこともあるんやね・・・。
現代は毎日のように新製品や新工法が生まれてきて、それらには当然マニュアルが付いとる。誰しも初めて扱うもんやからこれに従って仕事せなあかん。初心者はもちろん、熟練さんといえども同じや、マニュアルと違うことしよったらメーカーが保証してくれん。んなわけで、新製品にばっかり対応するような仕事しとったらプロがいらんし育たんことになってしまう。悲しいことや。「新製品、新工法といっても仕事には共通性があるし、工具や段取りの習熟度の差が出てくるから新種のプロは育つんとちゃう?」ってか?そらその通りや。ほんならこの際プロを職人って言い換えて、「職人が育たん」ちゅう話や。
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| 地元の素材の力を引出す |
世の中にはたくさんの職種と、それぞれに「職人」が居るわね。昔からこの「職人」に共通する能力に「素材を見抜く」というのがあるんや。板前さんにしても大工さんにしても自分が使う素材が、どこでいつ採れたか、どんな癖を持っていて、どうそれを処理するか、といったようなことを見極める「目」と「知識」を持って初めて一人前の「職人さん」やった。「地域で採れた素材を、地域の中で身に付けた知識と知恵で生かす」ことが日本の各地で働く職人さんの大きな職能やったんやね。料理なんかもそうやと思うけどレシピに頼って作るのはまだ素人で、立派な職人は産地、旬、更に水や温度といった気候風土による素材の違いを知り、場合によっては料理を出す相手によってその組合わせを変えるとも言うやないか。
ところが工場のようなところで作られる製品や新工法は「なるべく多くの地方や、多勢の人に」という目的の下に生み出されるものが多いから、こんな芸当はしにくいし、できんようになっとる。マニュアルさえあれば一丁あがりって、怖いもん無しや。今や素材っていうても世界中から入ってくるし、何やようワケのわからんことも多い。だからこそ、少なくとも地域や風土を知り抜いた「目の効く職人さん」が必要なんや。
マニュアル。ほんまに重宝なもんや。けど、流通の発達で地方の素材が明確で無くなるような風潮の中、地方の優秀な職人さんが育てられんようなことになったら、何が「地方の時代」、何が「地方の文化」や、それって誰が担うんやって思うんやけど・・・違う?