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ウエッブジャーナル日本海 通巻51号[2004/5/10]
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≪今号の記事≫
  • スポーツコラム「Join,S」
    〜『優しく、厳しく、そして末永く〜 地域密着クラブを支えるために』(後編)〜
  • 家作りの現場から〜暖かい家〜


  • スポーツコラム「Join,S」
    〜『優しく、厳しく、そして末永く〜 地域密着クラブを支えるために』(後編)〜


     SC鳥取のような地域密着型のクラブを支えて発展させていくには、それを支える周囲の人々の根本的な「優しさ」とともに、「厳しさ」も必要です。 では、その「厳しさ」とは一体どんな厳しさなのか。 それは、クラブを愛するが故の苦言をしっかりした形でぶつけていく「厳しさ」です。問題意識をしっかり持ち、そのクラブが前進していくためにあえて批判をしていく厳しさ…。
    加えて、「健全」な批判が出来る環境と空気を醸成することも、クラブの義務であるとともに、周囲で支える人々に求められる努力です。

     クラブ組織の運営が方向性を見失いどこか迷走し気味のとき。地域密着をとなえながらも、支持者の思いを裏切るような行為をクラブが行ったとき。 チームがまったく勝てないのに、改善に向けての努力が見受けられず、問題が放置されているとき。そんなときに、
     「ここはおかしい。こういう点が問題だ」
     「ここはこう変えるべきではないか」
    というような問題の指摘や批判の声を、周囲・地域の人々が当然のように上げていくことと、その厳しさが必要なのです。 このような厳しさを持ちながらクラブに接していくのは、当たり前のことであり、ごく単純なことなのですが、現在の日本国内のスポーツ界を見る限り、現実ではこれらのことが未だに当たり前にはなっていません。

     また、これらの厳しさを支援者各人が持っていたとしても、その持ち方、活かし方は非常に難しいものです。 ときに、クラブに与えるべき厳しさの活かし方を間違えて、暴力的な行動や一般的に理解と支持を得られない行動に走って、 クラブのイメージを悪化させて、地域の人々の支持を遠ざけることを手伝ってしまう人もいますし、 クラブへの愛情や、愛するが故に持っている誇りが行き過ぎて、半ばクラブを私物化しているかのような独りよがりな要求をしてしまう人もいます。 あるいは、度が過ぎる優しさや盲目的な愛情を注いでしまい、クラブ側の甘えの姿勢を助長させてしまう人もいます。

     近年の技術発展の象徴であるインターネット。そのネット上でも活発な議論が交わされ、「ネット世論」なるものが形成されるほど独自の世界を作り、ある程度の影響力を持つに至っていますが、 (このコラムもその恩恵を受けているわけですが) そのネット上では、匿名性も手伝って、過度に感情的・暴力的な意見、書き込みが幅を利かせる、そんな風潮が目立ってきています。
     スポーツを取り巻く問題の議論においても同じです。ネット上であるにしても、せっかくの意義ある意見も、表現が行き過ぎると誹謗や中傷にしか聞こえない乱暴なものになってしまいます。 本来、スポーツ批評をリードすべきマスメディアのスポーツ報道は、行き過ぎたバラエティー化と安易な人間ドラマ探しに堕落しており、 スポンサーなどとの絡みもあって都合の悪い報道が出来ず、真摯な批評はなかなか期待出来ません。 そのため、適切な批評空間を作り、クラブのために厳しいながらも有意義で建設的な意見を上手に出していくことが地域の支援者にとって、極めて大切な仕事になってきます。

     更に、クラブを地域に密着させるうえで忘れてはならない要素があります。 タイトルに「末永く」という言葉を入れました。クラブへの支援そのものと、クラブを支援する気持ちには「継続性」を持たせなければいけない、ということです。 もちろん、クラブ自体の取り組みにも、継続性がなければ、地域で欠かせないものとなるまでその存在が浸透するというわけにはいきません。

     地域密着のクラブ運営を理念とするJリーグの設立以降、よくテレビや新聞などで、あるクラブを指して、
     「〇〇は地域に密着している」
     「〇〇は地域密着に成功して多くの観客が集まるように…」
    というような言葉を耳にするようになっています。
     特にJリーグにおいては、ここ数年、地方の新興クラブの中に多くの観客を集めるクラブが増えてきたことから「地域に密着した」とされるクラブが増えているのです。 しかし、本当に地域に密着しているかどうかは、すぐに結論として語れるものでもなく、一時の観客数の多さをもって測れるものでもありません。 「地域に密着している」と言われていたのに、成績が悪くなったり、下部リーグに降格したり、人気選手が他チームに移籍したりすると、 途端に見放されて観客数が激減してしまった、という例も多いからです。一時のブームに流されたその場限りのファンはやがて離れていってしまいます。クラブ側にとれば、離れない「固定客」を確保することが重要であり、 支える側とすれば、支援の形以前に「支え続ける」ことが大切になってきます。少々の苦難があっても、継続的にクラブを支えていく姿勢も強く求められています。これが少々のことでは揺るがない「密着」へのカギでしょう。
     しばしば「熱しやすく冷めやすい」と言われる日本人なら、尚更この継続性に留意しなければならないかもしれません。

     地域密着型のクラブはこれから様々なスポーツ界で増えていく可能性が高くなっています。 この点において先行する国内サッカー界の地域密着型志向クラブの多くは、財政的に厳しい立場に立たされ、レールの敷かれていない活動に戸惑いもがきながら何とか生き永らえている、というのが現状です。 サッカーに限らず、地域密着型クラブをその地域で生かすも殺すも、地域に密着させるも見放された存在とするも、支える人達、支援者(サポーター)になり得る私達にかかっていることを認識していかなくてはなりません。

     「地域密着型のクラブ運営…」というと、地域の人々にはオイシイ話が多いようにも聞こえますが、決してそうではなく、 終身雇用制が崩壊し、フリーターが急増し、従来の常識や規範までもが崩壊し、多くの人々が先行きに不安を抱えている現代社会の写しのように、それは極めて不安定なものであり、 地域密着型クラブを抱える地域の人々には、大きな「覚悟」も必要だということも認識しておきましょう。

     そして、今この山陰・鳥取県内でも、そのような状況が生まれていることも、多くの人が認識しておく必要があります…。

    八幡圭司
    八幡圭司のプロフィール
    1981年島根県斐川町生まれ。
    生来の北海道好きから、コンサドーレ札幌のそして、地元であるSC鳥取のサポーターとして、サポサイト「コンサイズム」等でコラムを執筆してきた。 休日は社会教育・自由教育活動のスタッフとして子どもたちと過し、「さっぽろ」の愛称で親しまれている。 読者からは「文章が辛くて厳しいから、どんな怖い大学生かと思ったら、気のいいお兄ちゃんだった」とも・・・
    編集部よりおしらせ
    1月よりお届けしておりました当コラム「Join.S」は諸般の事情により掲載を終了することとなりました。ご愛読ありがとうございました。


    家作りの現場から〜暖かい家〜

     ポカポカと陽気も良うなってきた。で、ちょっと季節はずれの話題。最近よう目にする「暖かい家」ってのに一言。「冬でも家の中はTシャツ一枚で過ごせます」ン?真冬に家ん中、目いっぱい暖房たいて「あったか〜い」やと?!あまのじゃくで言うんやないけど、そんなにあったかでなくてもええんと違う?寒くなけりゃ。言葉の遊びやって叱られるかもしれんけど「暖かい家」やなくて「寒くない家」でエエと思うんやけど・・・。

     元来日本の家は「夏型を旨とす」ってね、開放的なアジアモンスーンの流れを受継いで夏に涼しく過ごす工夫が随所に満ちていたもんや。ところがこれが冬にはアダになっちまう。自然素材を用いた簡素な造りは隙間だらけで、賢くなった現代人はすぐに風邪をひいちまう。「寒い!」ってね。
     そんなで出てきたのが、西欧の合理性とか快適性をウリとする「暖かい家」。セントラルヒーティングとかいって家ん中全体を集中的に管理し、ストーブやエアコンやらで効率良くまんべんなく暖っためようってもんや。となれば機械効率を高めるには熱を外に漏らすのは御法度とばかり、建物の外気に面するところは断熱材でグルグル巻き、隙間風は通さぬようにと高気密。窓はといえばペアガラス、アカギレせぬよう床暖房とくる。
    冷暖房無しでも心地良い不思議

     床暖房といえば、あれは熱を運ぶヒーターや温水パイプが通っとるところと、何にも通ってないところがあるんやね。たまたまそれがキッチンの下なんかやと、キッチンに立つ人の足裏の半分が冷たく半分が暖かくってことになっちまう。本当はヒーターの入っていないところもいくらか余熱で暖められとるはずなんやけど、足の裏は正直にその温度差を感知してしまうんやね。で、温度としては暖かいのに実際には冷たく感じてしまうことになる。
     で、別のお宅。こちらは床暖房せず「桐」の床板を貼らしてもろたんやけど、桐ってのは優れもんでコンマ何秒かで自分の体温が跳ね返ってくる。床の温度自体は高くないんやけど、熱が奪われにくいから冷とうない。ヒーター無しやと温度差ができず、足の裏は冷とう感じずに済むっちゅうわけや。

     どんなに熱くしても優秀なる人間のセンサーは相対的な差を感知しよる。熱うなると熱い環境で冷たさを感じるっちゅうもんや。そこでもう一度!
         良いんとちがう?そんなに暖ったこうせんでも、寒うなかったら。
     昔、言われんかったっけ。「日本人は四季のメリハリがある国で暮らすから頭がいい」って。せっかくそんな国に生まれながら冬も夏もなく、年がら年中「快適、快適」って体に楽な環境ばっかり求めてボ〜っと暮らすようなったら、そのうちみ〜んなで阿呆になっちまわんかぃ?
     はて、「家」ったって建物ばっかりじゃなかろう、家庭の方もそうだわなぁ。「暖ったかい家庭を作りたいです!」って新婚さん?悪いことは言わん、せいぜい「寒くない家庭を作ります!」程度にしときんさい。その方が楽で暮らしやすいかもしれん、の?


    (株)藤原工務店
    安藤瀞和

    このコラムのコンセプト
    自然体の暮らしの器として住宅を見るとき、意外と不合理なことがたくさんある。 しかし建築という特殊なものだからと深く考えずに見過ごすことが多い。 そんなことを自然体建築道の修行者の視点で愚痴る。
    安藤瀞和(あんどうとろわ)のプロフィール
    建築素浪人。自然体建築道の奥義を極めたいと修行に励んでいる。師はいない。


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