トップページへ トップページへ
ウエッブジャーナル日本海 通巻55号[2004/07/25]
[バックナンバーはこちら]


≪今号の記事≫
  • 家作りの現場から〜工務店にフランチャイズ?〜
  • アメリカの車事情


  • 家作りの現場から〜工務店にフランチャイズ?〜

     経営者という立場の方に限らず、「フランチャイズ」という言葉を御存知の方は多かろう。日本フランチャイズチェーン協会によれば「事業者(本部)が他の事業者(加盟店)との間に契約を結び、自己の商標、サービス・マーク、トレード・マーク、トレード・ネームその他の営業の象徴となる標識、及び経営のノウハウを用いて、同一のイメージのもとに商品の販売その他の事業を行う権利を与え、・・・」とあるが、要するに「優れた商売の経営方法と、商品をワンセットで有償伝授」といったことのようである。コンビニエンスストアやファーストフードの店がこういった手法で運営されていることは良く知られておるが、住宅産業にも意外とフランチャイズが多いことはご存知であろうか?

     この形態は前述のごとく、フランチャイズ本部の「優れた商品」と「優れたマネージメント」を、ロイヤリティーというお金を払って導入することが前提となるんじゃが、近年地方の優秀な大工さんや工務店が堰を切ったようにこれに参加することにちょっと苦言がある。「地方の大工さんや工務店さんは良いものは作るけど、宣伝やデザインがもうひとつね」とはよく言われていたから「宣伝、デザイン」の補強の意味でそういったことに走るならばさもありなんじゃ。しかし輩が言いたいのは「優れた商品」のほうのことじゃ、確かにフランチャイズで供給される住宅も優れてはおろうが、「それまで自分たちのつくってきたものが果たして劣っていたか?」ということじゃよ。

     フランチャイズで「商品」である「住宅」が供給され始めると、「マネージメント」の部分で営業や生産システムが動き出す。そうなると長年職人個人が蓄えてきた「経験」という宝は持ち腐れていき、やがて衰退の途をたどっていく。フランチャイズは商売の方法としては優れたものを持っているかもしんが、大工や工務店が地方文化を支える技術を伝え、革新していく意味においては必ずしもそうではない。

     古い話で恐縮じゃが、輩が幼少の頃、学校ではこう教えられたものじゃった。「日本は資源の少ない国なので、海外から原料を輸入し、それを加工してまた海外に売る加工貿易によって活路を見出す国」とな。いわば「資源」が無ければ「知恵」で生きよ!と。基本的にそれは昔も今も変わっておらん。
     地方の職人が蓄えてきた「経験」「知恵」は次の時代を切り開く大切な資産であろう。その中に多くの可能性を忍ばせており、それはフランチャイズで供給される「優れた商品」と比べても決して劣るものではないはずじゃ。その時代時代に要求される高い品質のものとして自信をもって世に送り出せるよう、今日まで常に努力を繰り返してきたではないか。
     時代が、生活環境の変化が、職人や技術者に新しい工夫を要求するのは必然じゃ。それに応える「経験」「知恵」を持っているから職人も技術者もどんな時代にも生きられるんじゃよ。

    養蚕棚がパーティションに。
    アイデアで勝負。
     コンビニを日本に導入し発展させたことでその名を良く知られたS社。フランチャイズの手法を導入する動機として、大型店の進出で細る地方の小売店、中でも地域に密着した酒屋さんの現状を救いたいとの願いがあったと聞いておる。基本的にコンビニは、メーカーが作った商品を客がその好みで勝手に手に入れる「場」としての利便性やスマートさが身上で、そのノウハウを示してみせたS社の功績は誰しも認めるとこじゃ。
     しかしこれと同じように、地方の工務店や大工が大手プレハブやハウスメーカーの進出に前途を阻まれつつあるからといって、コンビニの理屈で戦うわけにはいかんのじゃ。なぜなら工務店や大工はいわばメーカーであって、仕入れた商品を売る小売店とは本質的な違いがあるからや。製品だけやなく、己の知恵や技術を役立ててもらう稼業というところが大きく違っておる。地方の工務店・大工は、フランチャイズで生き残れる仕事ではないのじゃよ。

    (株)藤原工務店
    安藤瀞和
    このコラムのコンセプト
    自然体の暮らしの器として住宅を見るとき、意外と不合理なことがたくさんある。 しかし建築という特殊なものだからと深く考えずに見過ごすことが多い。 そんなことを自然体建築道の修行者の視点で愚痴る。
    安藤瀞和(あんどうとろわ)のプロフィール
    建築素浪人。自然体建築道の奥義を極めたいと修行に励んでいる。師はいない。


    アメリカの車事情

     車をなくしてはどこへもいけないのがアメリカだ。日本の国土の約25倍もあるのに、 人口はたったの2倍程度なので、ニューヨークのマンハッタンなど極わずかなエリア を除くとちょっと歩いて、なんてとんでもないといったところだ。特にロサンゼルス ではLAストーリーという昔あった映画でもあるように(かなり古い映画なので知ら ない人も多いと思いますが)どこに行くにも車が不可欠。ジョークのようだが、 ちょっと食料品を買うのも、数ブロック先の郵便局も、1ブロック先の友人宅へも車 ということになる。

     車社会なので、多くの人が車を持つ羽目になるのだが、アメリカの車ですごいのは、 走っている車がピンきり、ということだ。高級車といわれるベンツやBMWはもちろ んのことアウディ、ポルシェやフェラーリーから、30年、40 年前の古い車が一緒に なって道を走っている。私も実際学生でお金がなかった頃、1973年ものワーゲンに 乗っていたものだ。まあ、ただ古いだけならいいのだけど、いろんな人種がいろんな 乗り方をするから、新しい、古い車にかかわらず、後ろのバンパーがはずれかけてい るのをガムテープで無理やりとめて走っている車や半分だけペイントが終わってる 車、盗難にあったらしい車で後ろのガラスが割れているもの、なぜだか銃弾が打ち込 まれた後のある車、など等ありとあらゆる車が一斉に同じ交差点で停車しているのも アメリカといったところか。

     また、エリアによってやっぱり走っている車のレベルは随分違うのはいうまでもな い。ビバリーヒルズあたりにいくと、ベンツ、BMW、ベントレイ、ポルシェ、ジャ ガーなど等外国高級車ばかりで占められるので、ポンコツの車でうろうろしていると 反対にちょっと目立ってしまうのだ。反対に現在のサウスロサンゼルス(以前はサウ スセントラルと呼ばれていた黒人の多い地域)などでは高級車の数はぐっと減る。だ から、自分が道に迷い込んだら、周りの車の程度や道の具合によってどんな地域か想 像するのはそれほど難しくはない。

     車に乗るためには車の免許が必要になるけれど、これがまた日本とは比べ物にならな いくらい格安だ。私が免許を取った95年ではたったの16ドル(当時日本円で1500円 位!)だったが、現在でも24ドルで免許の取得が可能らしい。これには筆記テスト3 回までと乗車テスト3回が含まれているから数回落ちても全然平気なのだ。かれこれ 10数年前になるけど、日本で免許を取得した時は、20数万円くらいはかかったと記憶 している。それなのに、こんなに安く車の免許が取れるなんて!

     それだけではなかった。英語の国といってもなんといっても移民の多い国である。そ の為、カリフォルニアではなんと31ヶ国語で運転免許の試験に臨むことが出来るの だ。英語で書いてあるサインを読めなくてもいいのかな、とちょっと不安になるが、 それでも移住してきたばかりの人にとってはこれほどありがたいことはないのだろ う。メキシコ人が話すスペイン語から中国語、アラビア語、もちろん日本語でもOK だ。私も免許を取った時、日本語で試験を受けてみようかなと思い、日本語ガイド ブックを手にしてみた。でも、かなり直訳でややこしい説明だったので結局あきらめ 英語で試験を受けた。でも、たったの36問しかなかった。

     アメリカに来てすぐは国際免許証を持ってきていたのですぐに車を運転することが出 来たけど、やはり現地の免許証が必要だったので、私も試験を受けることにした。筆 記試験では、ごく当たり前のことが多いのですぐにパスすることが出来たが、運転テ ストは数回受ける羽目になってしまった。初回の試験の時、試験官にこういわれた。 「君はフリーウェイ(高速道路)を走ったことはあるの?」アメリカでは、免許を取 る前でも免許を持っている大人となら一緒に乗って練習することができ、免許を取り にきた人は普通に運転できて当然、とみなされている。だから、私はこういう時って どう返事をすればいいのかなあ、と考えた挙句、フリーウェイにはまだ乗っていな い、と返事をすると、そんな君のテストをするわけにはいかない!、といわれ、あっ さりテストも受けさせてもらえなかった。大体免許もないのにフリーウェイをバンバ ン走っていた、なんてほうがおかしいと思うのだが、仕方なく再度の挑戦を試みた。 2回目は左折するときに道を渡っている人を注意して見ていなかったということでま た駄目になってしまった。この時は私もびっくりして、「私は何年も日本とアメリカ で運転しているのよ!」というと、こんな答えが返ってきた。「え、それだったら早 く言ってくれればいいのに。」え?先にいってれば、パスさせてくれたのだろうか? この辺はやはりアメリカ的なのだろう。

     こんなアメリカだから、取り合えず運転免許を取得しても、足元のおぼつかないドラ イバーの多いこと!それに車をぶつけられても、相手が英語を話さないことだって しょっちゅうだ。一度、駐車場でバックしてきた車にぶつけれた時などは、あなたも 私と同じ外国人だから許して、と訳のわからないことを言われたことがある。別の時 には、メキシコ人で財布にもお金も運転免許も車の登録書もなく、結局逃げられてし まったこともある。一応通常は車の保険を持っていないと違法となるが、その保険を 持っていない人もごろごろいるから、こちらでは車の保険をもっていない人にぶつけ られた時の為の保険、というのがあるのだ。やはり、アメリカは自分のことは自分で 守らなければいけないらしい。確かにアメリカの多くの場所では車なしの生活は大変 だけど、旅行で来たときに運転してみたい、と思っている方。十分に気をつけたほう がいいですよ!
    シャンディ
    シャンディのプロフィール
    兵庫県姫路市生まれ。卒業と同時に子供の頃からの夢であった海外生活をスタート。
    オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、フィジー生活を経て、現在アメリ カ、ロサンゼルスで暮らす。
    外国生活の中で日常の出来事を中心にエッセイを筆記。



    その他お問い合わせは・・>webmaster@nihonkai.netまで!!
      当サイトはソンズ・コーポレーションが運営しています
    Copyright 2000 sonz.co.jp
    Visiters Total 670798
    Yesterday 0001 Today 0004