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ウエッブジャーナル日本海 通巻57号[2004/08/25]
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≪今号の記事≫
  • 家作りの現場から〜良い町並みの要素〜
  • 家族がアメリカにやってきた!


  • 家作りの現場から〜良い町並みの要素〜

     日本の景観は山紫水明、水墨画や版画の題材となるようなものが、日本三景、富岳八景などと評価を得ておったが、身近な日常生活の場に対するそれは、近年の妻籠宿再生の成功例をきっかけに起こった「小京都」ブーム、「ディスカバージャパン」になろうか。「町並み」が観光資源として目が向けられるようになるまで、門前町や城下町といった特殊な例を除き、生活空間の創る景観への関心はあまり高くなかったように思う。
     それらにしてもそれぞれ「江戸町屋風」「明治時代風」といった冠が謳い文句に付けられて、現実には「城下」や「宿場」「明治」などをテーマとした「テーマパーク」として、観光客の期待に添った異空間体験が強く意識されて整えられてきたもの。普通の生活空間としての景観が評価されたというには程遠い。

     とは言ってもこれらのテーマパークは、まだその地の歴史や風土を前提に成立させようとしておったかもしれん。が、やがてそうではないテーマパークが日本中に雨後の筍のように立ちあがってくる。1980年代後半、日本国中のいたるところで、スイスやイタリアといった外国の景観や文化をテーマにした「村おこし」や「リゾート開発」が進められた時期や。
     これら大型の開発計画とそれに投下される資金は莫大で、地方の山や海と言わず農村景観や里山などあっという間に買い占められて変貌してしまうのではないかと不安に駆られるほどじゃった。ディズニーランドのような民間資本に留まらず、地方公共団体までもが第三セクターを立ち上げ、テーマパーク狂奏曲に浮かれておった。昨今、不景気がすっかり根付いてしまった日本ではもう、こんな浮き足だったような開発計画は起こらぬと思っておったが、現実はそうでもなさそうじゃ。

     「地方の時代」と謳われ、地方の自立を促す風潮の昨今。しっかりした「町づくり」の必要性はいよいよ高まったにも関わらず、現場では相変わらずテーマパーク的な手法はどっこい健在じゃ。「美しい町並み」をつくる手段として、テ−マに沿った外装を施したり軒高を揃えることを奨励し、そういったことに補助金を出したりする例は今でも続いておる。
     昔の宿場町とか農村、漁村など、住人ほとんどが同じ職業とか、江戸期の町割の規制下では「揃った町並み」や「統制」による美しさは比較的簡単に得られたと思えるが、今日の自由で多様化した暮らしの中では、そのような手法で「美しい町並み」を得ようとすることがいかに不合理なことであるかは明白じゃろう。

     現代生活を営むのにふさわしく、かつ美しい環境を作り上げる新しい手法が必要となってきておる。縛りや統制の美しさでなく、「在るもの」のお互いの個性を尊重し合いながらも緩やかな融合性、連帯感が感じられるような、いわば「繋がる」美しさを求める手法といったようなもの。それは建物の外観だけでなく造園、植樹、借景といった多くの景観を構成する手法を総動員するような知恵かと思われる。そのためには「マニュアルによる手法」でなく「見識」という多くの人が共に認め合う価値観が必要になろう。
     その「共有する見識」を育てるには皆で町を見て、何があるか知ることから始めることや。気に入らないものもたくさんあるかもしれん、しかし、何かしらかの因果関係の中でそれは存在しておるんじゃ。その因果関係に視線を向けることによって初めてそこにある歴史や背景、問題点が浮かび上がってくる。そんなこんなをワイワイやる中から、今後の町づくりで大切となる「共有する見識」は育ってくるのではなかろうか。

     豊かな景観の中での日常生活が望まれ、それが「地方の時代」の町づくりの中心をなすようになるのならば、コンサルタントなど他人のアドバイスに頼るだけでなく、まず自分達で地域を見、在るものをしっかり認識し、その地にふさわしい将来を描いてゆくという作業が大切になるに違いない。


    (株)藤原工務店
    安藤瀞和
    このコラムのコンセプト
    自然体の暮らしの器として住宅を見るとき、意外と不合理なことがたくさんある。 しかし建築という特殊なものだからと深く考えずに見過ごすことが多い。 そんなことを自然体建築道の修行者の視点で愚痴る。
    安藤瀞和(あんどうとろわ)のプロフィール
    建築素浪人。自然体建築道の奥義を極めたいと修行に励んでいる。師はいない。


    家族がアメリカにやってきた!

     ロサンゼルスも本格的な夏が到来した。ハリウッドも毎日30度を越す暑さと乾燥。ま た、アメリカの学校の夏休み等は5月末から始まっているから、どこも観光客でいっ ぱいだ。この夏はテロ事件以来最高の旅行者が見込まれるそうで、その観光客に混 じって、妹家族と一緒に今回初めて両親も私の住む外国へ訪れてくれることとなっ た。

     今まで腰の重かった両親は一度たりとも世界のどこにいても会いに来てくれたことが なかったが、「私の友人の両親はみーんな会いに来てくれてるのに!」という一言が かなり効いたらしく、アメリカ訪問を決めたようだ。

     最近は休暇を楽しむ日本人も増えてきたようだけど、やっぱりこの不況の中、もとも とワーカホリックな家族が長期の休みを取ることはなかなか難しいようで、やっとの ことで1週間のお休みを取ってやってくることになった。でも、7日間のうち2日はま るまる移動だから、正味5日間しかない。その5日間にロサンゼルスとラスベガスに滞 在という忙しさだ。欧米人は日々の忙しさから離れのんびりと長いバケーションを楽 しむのだが、日本人は短いバケーションだからこそなのか、常に動いていなければ勿 体ないと思ってしまうらしく、行く前からすでにスケジュールは一杯の状態だった。

     英語が話せるのも土地感があるのも私一人なので、結局ロサンゼルス、ラスベガス共 私がツアーガイド兼通訳担当となった。日本語はほんの片言しか話せないまるもドラ イバー、コーディネーター助手としてこの家族ツアーに借り出されたが、思っていた よりも大変だったのはいうまでもない。5日間と言えども、1ヶ月くらいノンストッ プで走り回ってるかのようなめまぐるしい行動だった。

     旅行の楽しみの一つといえば食べ物。それなのに、彼らにとっては旅行中の悩みの種 だった。私としてはせっかくアメリカで、それも世界中から人が集まっているロサン ゼルスとラスベガスにくるのだから、姫路ではなかなか食べられないようなものを食 べてもらいたかったのに、やはり現実は難しかった。

    「中華、タイ、インド、韓国、フレンチ、イタリアン、ギリシャ、アルゼンチンやメ キシカンなど何でもあるよー。何がいい?」

     両親はとにかくお米と味噌汁があればいいという。一度アメリカへやって来ている妹 も前回何を食べても今ひとつだったので、日本食か中華がいいという。唯一妹の旦那 様だけがステーキが食べたいといってくれた。がっかりした私は結局彼らがたべるこ との出来そうなレストランしか連れて行くことができなかった。日本でも東京などで は様々な国のレストランがたくさんあるけれど、やはり何を食べても日本的な味と なってしまう。それに比べ、ロサンゼルスでは世界各国からの移民一世も多いから、 どの料理もかなりネイティブな味がする。特にメキシコ料理なんて日本ではなかなか 本場の味には出会えないだろうから、もともとメキシコの土地だったこのロサンゼル スで是非食べてもらいたかったが、タコスなど食べたことのない彼らは見向きもしな かった。よく生魚がのったご飯なんて、といって気味悪がる外人がいるが、日本人も 全く同じ。食事はやはり慣れたものがいいらしかった。

     また、今回は3世代が一度にやってきたので、これもまたコーディネートが大変だっ たのはいうまでもない。子供と妹夫婦、両親とではやりたいことや体力までも違うの である。子供を順番に面倒を見て、両親はこっちのショーの見学、妹たちはあっちの ショーの見学、と私達はてんてこ舞いだった。

     今回の旅行で家族と久しぶりに長い時間を一緒に過ごしたことにより、この家族があ り私がいる、ということもよーくわかったような気がする。彼曰く、日本人は大人し くて何でもいうことを静かにきいてくれる、と思っていたが私の家族はチャイニーズ の団体かと思うほどうるさい、といってびっくりしていた。彼がラスベガスへの途 中、有名な場所の説明などをしてあげても、人の話なんか全然聞かないで自分のペー スで自分のことばかり話しているのだ。でも、私もよく人に「シャンディーってほん とに自分のことばっかり話してるよねー。」と言われるから、これは遺伝子のなせる 業に違いない。また、私の大雑把で整理整頓が苦手なところも家族そっくり。これ は、私も海外で一人暮らをしてきたからまわりをみて気がついたが、これって親ゆず りなんだ、と納得した次第である。あのまま家族といままで暮らしていたら気がつか なかったかもしれない。まあ、あんまり細かいことに拘らず、その場その場で楽しめ る家族だからこそ、私が海外を放浪していても暖かく見守ってくれるのだと思うとそ う悪くもないな、と思うのだが。

     それでも、親孝行できるのも親が元気でいる間だけ、と思うと大変だけどすこしでも 多くの思い出を作ってあげたいと思うのが娘心なのだろうか。来るまではこんな大変 な思いをしてまで海外なんて、と言っていたが、やはり色々と楽しかったらしく、父 親からのEメールでもその事でいっぱいだった。ということは、私のコーディネー ションはまずまずの成功だったようだ。
    シャンディ
    シャンディのプロフィール
    兵庫県姫路市生まれ。卒業と同時に子供の頃からの夢であった海外生活をスタート。
    オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、フィジー生活を経て、現在アメリ カ、ロサンゼルスで暮らす。
    外国生活の中で日常の出来事を中心にエッセイを筆記。



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