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ウエッブジャーナル日本海 通巻59号[2004/09/25]
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≪今号の記事≫
  • 家作りの現場から〜田舎計画の不在〜
  • 食事は旅のハイライト!


  • 家作りの現場から〜田舎計画の不在〜

     知り合いのMさんが、石川賞という都市計画では栄誉ある賞を贈られた。というとMさんは線の細いエリート都市計画家という風に思われるかもしれんが、実際は何やら怪しげな風貌で町の中に入り込んでは、復興やら企画作りに忙しい押しかけ女房型の実践家や。いつの時代にも都市が持つ近代性や文化性といったものは華やかで、未来の夢が描きやすい。それゆえ都市計画は古代世界の都市づくりから近代都市計画まで、時代を代表する花形のインテリ建築家の仕事やった。髭面の実践家Mさんのイメージとは馴染まんのやが、時代も変わったということか。

     対して田舎計画はどうじゃろう。いつも都市の欲求に振り回されるばかりで、じっくりと未来像を描くことなどできずにきたように思う。「都市計画」では都市の持つ機能や住環境が研究され改善もされるが、対する「田舎計画」なんぞというものは無いに等しく、せいぜい場当たり的に利便性を向上させる施策があれば、それをありがたくいただく程度やった。
     一極集中の統治システムは、地方独自の文化の醸成をどちらかというと拒んできたし、少なくとも積極的に育ててはこなかった。ある企業のスローガンに"Think different.(他所と違うことを考えようや)"というのがあるが、こんな理念は民間でこそ価値あるものとされ、地方の施策には「他所と同じように・・・」「他所に劣らない・・・」はあっても、「他所とは違う・・・」を感じさせるものはとんと無かった。

     なのに、や。今になって突然地方の時代が叫ばれている。これは日本の歩みが、物質的な豊かさを求めた時代から次のステップへと移る必然というより、財政的な問題から発していることのようじゃが、言葉の意味としては、地方が独自の知恵や創造力をもって、その地の多様な文化を育て、豊かな地域社会を実現しようということになる。果たして今日まで、それを実現するべく「強い地方意識を持つ実践家」を地元に留め、大切に育ててこれたやろうか。これからの地方の時代を担うべき優秀な人材を都市に放出してしまって、ひたすら中央の施策と補助金に頼る、基礎体力に欠けた体質になってしまったのではないかと甚だ不安になる。
     地方が独自の文化を持って発展しようと考えるならば、一番大切なのは地方の将来を築く「人材」じゃろう。地方文化を理解し発展させるには、地方を知り抜いたエキスパート、地方での生活に基づいた優秀な人材が各分野に育つことが重要や。その意味で本来地元の未来を担う人材を育てることが目的やったはずの学校教育も、知らん間に都市への人材供給機関になってしまってはいないか?

     ま、ボヤいとってもしゃあない。これからは他所と何でも一緒なんて考えんようにすることや。地元が「次の豊かさ」を自ずから夢想し、皆でその旗印の元、刺激的で豊かで楽しい郷の骨格造りを目指そうやないか。"Think different."で行こうやないか!そうすれば必然的に「地域の、地域による、地域の為の地域計画」という本物の地方の時代、「田舎計画」の基軸が見え始めてこよう。都市生活の衛星都市のような「田園都市計画」やあらへんぞ。隣町に音楽ホールができたから我が町にも、などとアホなことは考えたらいかん。隣町のものはなるべく便利に利用させてもらうことにして、我が町は我が町で近隣の町にはない価値観や仕組みで、我が町らしい豊かさを実現して行こうやないか。

    地域の風土や暮らしを反映した形

    (株)藤原工務店
    安藤瀞和
    このコラムのコンセプト
    自然体の暮らしの器として住宅を見るとき、意外と不合理なことがたくさんある。 しかし建築という特殊なものだからと深く考えずに見過ごすことが多い。 そんなことを自然体建築道の修行者の視点で愚痴る。
    安藤瀞和(あんどうとろわ)のプロフィール
    建築素浪人。自然体建築道の奥義を極めたいと修行に励んでいる。師はいない。


    食事は旅のハイライト!

     テレビ番組を見れば食べ物の番組ばかり、どこのチャンネルを見てもまるでフードチャンネル(アメリカで放映しているクッキングやレストラン関連ばかりのチャンネル)だ、と彼のまるは言ったくらい日本人は食べることが大好き。そんな日本人だけど、日本食以外になるととんと臆病になるらしい。それは海外にでるとさらにひどくなる。妹曰く、海外で一番困ったことといえば食事、なんだそうだ。

     それは、私も同じだった。十数年前の私は今では考えられない位色々なものが食べられなかったので、初めて海外に一人旅をした時は確かに妹と同じ状態だった。そのころ、文通にて(まだEメールなど存在しなかった!)知り合ったシンガポール人をたずねて5日間シンガポールに滞在した時のことだ。 中国系シンガポール人のジェームスと彼の友人のサイモンは私を大歓迎してくれ、5日間の滞在期間に現地人が行くようなレストランや屋台へと連れ出してくれた。中華にシンガポール料理、インドネシア料理、マレーシア料理にタイ料理とアジア系の食べ物のオンパレードだった。それでも、姫路出身、姫路育ちの私としては、そんなアジア料理なんてその頃では中華くらい、それもラーメン屋の域を出ないくらいしか食べたことがなかった。それに、輪をかけてベジタリアンではないにしてもあまり肉類を食べなかった私は、どんなにおいしいといわれるローカルな味も受け付けることが出来ず、5日間で3キロも落としてしまった記憶がある。

     今となっては、そんな時期があったのか、とびっくりするほど何でも食べるようになったのには自分でも驚く。

     この夏も去年に引き続きヨーロッパを訪れたけれど、食べ物がおいしいと旅の楽しさも倍増するというもの。今回はスイスを拠点に、イタリア、フランス、モナコを訪問した。スイスは何度いってもチーズやヨーグルトなどの乳製品はすばらしくおいしいし、チョコレートも最高級。スイスでまずいものを食べたことがない私は、やはり貴重な現地情報を持つ彼や友人たちに感謝をしなくてはいけない。でも、イタリアではちょっと違った。イタリアへ行ったことのある友人たちはみんな口を揃えて「イタリアでは何を食べてもおいしい!」と言っていたが、絶対うそだと思う。妹曰く、「アメリカの食事は大味」というその味に慣れている私でさえ、これは絶対に電子レンジでチンしただろうというようなピザや味気のないパスタにはびっくりした。あれだったら、ロサンゼルスのイタリアンレストランの方がよっぽどおいしいと思ったほどだ。でも、そんなイタリアでもどこで食べてもおいしいものが2つあった。それはハムとコーヒーだ。朝食に出てくるハムは薄くてしっとり、丁度いい塩加減で口の中でとろけそうなくらいやわらかい。ロサンゼルスにはヨーロッパ系の移民が少ないせいか、やっぱりなかなかこのレベルのハムを食べることができないのだ。朝から晩までちょっと一息する度にコーヒーを飲んでいたが、これもどこで飲んでもホントにこくがあっておいしい。ふわふわのミルクがのったカプチーノだってアメリカのより何倍も美味しい。

     その後南フランスに入ったが、フランスの食事は超がつくほど大満足だった。以前フランスには2度いったことがあったけれど、その時は貧乏旅行でバックパッカーをしていたから、おいしいものといえば朝食に出たバゲットと歩きながら食べたタルトくらいしか思い出せなかったが、今回はフランス語の話せるまると一緒だったこともあり、レストランでもスムーズにオーダーも出来、グルメな味を満喫することができた。日本でもアメリカでもフランス料理といえば、ハイソで高級、というイメージが強いけれども、フランスに入ればどこのレストランもフレンチだから、庶民でも気軽に入れるレストランがここそこにある。ステーキを食べても、アメリカでは肉の塊がどーんというイメージだけど、フランスのはちゃんと美味しいクリーミーなソースがたっぷりかかっていて、付け合せのグラタンや温野菜も美味。量だってアメリカの半分くらいだから、デザートとコーヒーを飲む余裕さえ生まれるのである。魚介類も新鮮だったし、プロヴァンスの田舎町で食べたクレープやケーキ等本当に日本人の口にもよくあう美味しさだった。あれだけ食べ歩いたのに、ひとつひとつが小さいせいか、精力的に歩き回ったからか、太るどころか少しやせたくらいだった。

     その後、楽しかったラテン圏の旅行を終えスイスに戻ったが、次の日まるは腹痛を訴え、救急病院にはいるという事態が発生した。なにやら、食中毒にかかったらしく、前々日の夜食べた生牡蠣があたったのではないかという医者の判断だった。私たちはフランス最後の夜、どうしても生牡蠣が食べたくて3個づつ食べたのだが、彼が食べた3つのうちの1つが当たりだったのか、彼だけが病院入りしてしまった。翌日飛行機にのる予定だったが、結局3日間滞在を延長するはめになってしまった。その話を後日友人にしたところ、彼女はこういった。「そうなのよ、だから言ったじゃない。フランスの生牡蠣はだめだって。私も卒業旅行でフランスにいって生牡蠣を食べたんだけど、食べた6人ともがあたったみたいで、帰りの飛行機の中で大変だったんだから。生牡蠣の殻に日本人が慣れてないバクテリアかなんかがついているらしいのよ。」ほんとかなー、と少し疑いつつももともと隣国出身の彼がだめで、日本人の私がへっちゃらというのはどういうことなんだろう、と考えた。うーん、これはやっぱりフィジーをはじめ色々な国に住んでいろんなものを食べてきたから、私のお腹は鉄のように鍛えられているのかな、と思うのであった。こんなことがあったにもかかわらず、人間は痛みが過ぎれば楽しいことばかり思い出すようで、次はどこにいって何を食べようかとわくわくしている彼であった。
    シャンディ
    シャンディのプロフィール
    兵庫県姫路市生まれ。卒業と同時に子供の頃からの夢であった海外生活をスタート。
    オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、フィジー生活を経て、現在アメリ カ、ロサンゼルスで暮らす。
    外国生活の中で日常の出来事を中心にエッセイを筆記。



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